2009年06月20日
不思議な力
今日は「不思議な力」ということに関して、少し書いてみようと思います。
この不思議な力・パワーというものに関しては、もちろん私自身も経験しておりますが、もう何十年という間に、何千何万という人が経験をしていると私は思っております。
今、聖尊寺の本堂で、そういうパワーをもっともっと身近に直接感じてみようという試みをしておりますが、生まれ持ってそういう力があまり無くても、私と関係を繋げるだけ、縁を持つだけでも、そういうパワーが出てくるということが十分にございます。
この不思議な力・パワーというものに関しては、もちろん私自身も経験しておりますが、もう何十年という間に、何千何万という人が経験をしていると私は思っております。
今、聖尊寺の本堂で、そういうパワーをもっともっと身近に直接感じてみようという試みをしておりますが、生まれ持ってそういう力があまり無くても、私と関係を繋げるだけ、縁を持つだけでも、そういうパワーが出てくるということが十分にございます。
例えば、10人なら10人の人がいる中に、自分の友達の誰かがその輪の中へ参加した途端、凄く賑やかになり、華やかになり、話題がいっぱい出てくる、話し合いに花が咲く、ということがよくあると思いますが、それは、その10人の中へ入ってきた1人の人が、やっぱりパワーを持っているのでしょう。10人の人がその人を受け入れ、その人の話題を聞いて、楽しくなったり、みんなでうなずきあったりする、これはやっぱりパワーを持っている人が、そういう雰囲気を広めていくと言うことに相成ると思っております。非常に可愛いパワーですね。
私が持っているパワーには、どうしてそうなるのかという色々な理論がありますが、私はそれをあえて申し上げません。なぜかというと、実際にあるのですから、「不思議な力」というだけで良いと思うからです。そのパワーとかエネルギーとか不思議な力というものは一体何だろうかと考えますと、あくまで人様のためになる、人が幸せになる、色々な難解なことを切り開いていくときのパワーとなる、決心するときのパワーになる、そして良い縁を繋ぐときのパワーになる、それはもう多くの場面で活躍するのです。
しかし人間は悲しい生き物でして、自分の目で見たり、自分の手で感じたり、身体で感じたり、そういうことの確証を自分で得たいと思うものなのです。私が聖尊寺の本堂で皆さんに御力を伝えていくときには、「涅槃妙心横臥」と言って、御力を受けた方は座っていることができなくなります。身体が横になっていくという動作が出てきます。
全然そういうことに反応しない人もいます。それは大体、雑念を持っているときです。それから「こんなパワーに私は負けるもんか」と思って意地を張っている人も、全然「涅槃妙心横臥」はしません。私もそういう人には、そう思っていらっしゃるならば、その人の意志をそのままにしてあげたいと思って、無理はしません。また、座っているときに周りを気にする人もいます。自分にドンと力が入って横になってしまうことが恥ずかしいとか、誰かが見ているからとか、そういう状況を自分で判断して、絶対にそんな風にはならないと我慢していらっしゃる人も非常に多いです。それから女性特有の体調が悪い時には、絶対に無理です。これはお気になさらなくて結構でございます。
最近お話を聞いたのですが、名前は申し上げられません。ある方が御法話会の日に私の所へいらして、私が超霊力をお渡ししたのですが、お家へ帰ったら、その日は身体がピリピリと熱を帯びたようになって、部屋に置いてある電波時計やパソコンの画面がすごく乱れるということなのです。しばらくたったら直ったけれども、時計のアンテナが乱れるなんていうことは今まで無かったことで、非常に不思議な経験でしたとおっしゃっていました。
これは身体に磁気のような何かが発生したというようにお考えになるかもしれませんが、実際に大きな力強いパワーが、身体にみなぎってくるのです。そして良い意味で、血が騒ぐというか温かくなるというか、そういった経験をなさる方も一杯いらっしゃいます。
これは必ずそうであると決めつけることはできませんが、人間というのは不思議なものでして、今まで気にしていなかった人とバッタリ出会ったり、そういう人と急に連絡が取れたり、気にしていたご縁がもう1回結ばれてくる、ということがあります。
それから、縁があったけれども、別れてしまったという悲しい出来事があった方がいっぱいいます。あの人はいい人だった、あの時別れてしまったけれども、もう1回会いたいなとか、復縁したいなとか、そういう感覚を持つ方もいらっしゃると思うのですが、そういう時に不思議とその人に出会って、復縁のきっかけができたという話は、非常に良く聞きます。やはり人間対人間には、引き合う、寄せ合うものがあるのです。そういうときにこのパワーというものは、非常にお役に立つことが多いのです。
また特筆すべきことは、世間一般に言われる「金運」という言葉があります。お金は人と人とを巡ると言われます。その巡るものがパワーによって巡りが良くなるのですから、お金が自分の所へ来るようになるのです。これも体験した皆さんがそう言っております。ですから金運ということよりも、自分の所へお金が巡ってくるという形をお考え下さい。一般的に金運といわれるものよりも、何十倍、何百倍の力が、私のパワーにあるのです。
もちろんこれらは、一つの例として申し上げていますから、そういうことだけではないのです。この私のパワーについて色々なことが起きましたら、随時報告していきたいと思っております。
遠いとおっしゃるならば、それは仕方がありません。でも今、土日は高速料金も安くなりましたし、聖尊寺へお出かけになってパワーをお受けになったらいかがでしょうか。そのパワーはあなたのものですから、是非そうなさったらいかがかなと、老婆心ながら、お節介ながら、申し上げるのです。
私が持っているパワーには、どうしてそうなるのかという色々な理論がありますが、私はそれをあえて申し上げません。なぜかというと、実際にあるのですから、「不思議な力」というだけで良いと思うからです。そのパワーとかエネルギーとか不思議な力というものは一体何だろうかと考えますと、あくまで人様のためになる、人が幸せになる、色々な難解なことを切り開いていくときのパワーとなる、決心するときのパワーになる、そして良い縁を繋ぐときのパワーになる、それはもう多くの場面で活躍するのです。
しかし人間は悲しい生き物でして、自分の目で見たり、自分の手で感じたり、身体で感じたり、そういうことの確証を自分で得たいと思うものなのです。私が聖尊寺の本堂で皆さんに御力を伝えていくときには、「涅槃妙心横臥」と言って、御力を受けた方は座っていることができなくなります。身体が横になっていくという動作が出てきます。
全然そういうことに反応しない人もいます。それは大体、雑念を持っているときです。それから「こんなパワーに私は負けるもんか」と思って意地を張っている人も、全然「涅槃妙心横臥」はしません。私もそういう人には、そう思っていらっしゃるならば、その人の意志をそのままにしてあげたいと思って、無理はしません。また、座っているときに周りを気にする人もいます。自分にドンと力が入って横になってしまうことが恥ずかしいとか、誰かが見ているからとか、そういう状況を自分で判断して、絶対にそんな風にはならないと我慢していらっしゃる人も非常に多いです。それから女性特有の体調が悪い時には、絶対に無理です。これはお気になさらなくて結構でございます。
最近お話を聞いたのですが、名前は申し上げられません。ある方が御法話会の日に私の所へいらして、私が超霊力をお渡ししたのですが、お家へ帰ったら、その日は身体がピリピリと熱を帯びたようになって、部屋に置いてある電波時計やパソコンの画面がすごく乱れるということなのです。しばらくたったら直ったけれども、時計のアンテナが乱れるなんていうことは今まで無かったことで、非常に不思議な経験でしたとおっしゃっていました。
これは身体に磁気のような何かが発生したというようにお考えになるかもしれませんが、実際に大きな力強いパワーが、身体にみなぎってくるのです。そして良い意味で、血が騒ぐというか温かくなるというか、そういった経験をなさる方も一杯いらっしゃいます。
これは必ずそうであると決めつけることはできませんが、人間というのは不思議なものでして、今まで気にしていなかった人とバッタリ出会ったり、そういう人と急に連絡が取れたり、気にしていたご縁がもう1回結ばれてくる、ということがあります。
それから、縁があったけれども、別れてしまったという悲しい出来事があった方がいっぱいいます。あの人はいい人だった、あの時別れてしまったけれども、もう1回会いたいなとか、復縁したいなとか、そういう感覚を持つ方もいらっしゃると思うのですが、そういう時に不思議とその人に出会って、復縁のきっかけができたという話は、非常に良く聞きます。やはり人間対人間には、引き合う、寄せ合うものがあるのです。そういうときにこのパワーというものは、非常にお役に立つことが多いのです。
また特筆すべきことは、世間一般に言われる「金運」という言葉があります。お金は人と人とを巡ると言われます。その巡るものがパワーによって巡りが良くなるのですから、お金が自分の所へ来るようになるのです。これも体験した皆さんがそう言っております。ですから金運ということよりも、自分の所へお金が巡ってくるという形をお考え下さい。一般的に金運といわれるものよりも、何十倍、何百倍の力が、私のパワーにあるのです。
もちろんこれらは、一つの例として申し上げていますから、そういうことだけではないのです。この私のパワーについて色々なことが起きましたら、随時報告していきたいと思っております。
遠いとおっしゃるならば、それは仕方がありません。でも今、土日は高速料金も安くなりましたし、聖尊寺へお出かけになってパワーをお受けになったらいかがでしょうか。そのパワーはあなたのものですから、是非そうなさったらいかがかなと、老婆心ながら、お節介ながら、申し上げるのです。
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コメント一覧
1. Posted by ゆみ 2009年06月22日 10:48
私は 助けてあげられなかった、手助けしてあげられなかった思いで気持ちが沈んでいます。 もう少し時間があれば助けてあげられたのか。 どうして再発を知った すぐ後の死だったのか...私も悔やんでいます。
友達は、私も同じ時期に 同じ病気で手術したので、どうしても再発したと言うと心配すると思い 話してくれなかったんだろうと思っていますが、私はショックが大きいです。 生きててほしかった。 そんな週末でした。
2. Posted by 聖尊寺 2009年06月22日 13:05
ゆみさん
悲しいコメントを読みました。
私は色々な方の死というものに遭遇しておりますが、こういうお話は耐えられません。
人間というものは、というよりも、動物というものは、みな死という幕を引くわけです。永久に死が来ないということは有り得ないわけで、悲しい現実は必ず来るのです。心よりお悔やみ申し上げます。
あなたも気持ちが張り裂けそうな心境だと思いますし、何とかお友達を救ってあげたいと思われて、私に会って話をしたかったのだと思います。残念です。
こういう場合に、さて医学だと言われましても、医学だってどうにもできないことがあるのです。私の力においても、寿命というものに戦いを挑んでいっても、せめて延命を祈るしかない場合もあるのです。そういう経験もいっぱいあります。今日明日の命というよりは、延命して2年3年先の方がまだ救われるのです。本当に残念です。どうか力を落とさないでください。
聖霊界については、信じる人も信じない人も両方います。細かい学問的なことは今ここに書けませんが、例えばあなたのこのお友達の妹さんが転生できているならば、いる場所はもうわかっているのです。そしてあなたのお友達も、いずれ何十年か後に死を迎えたらば、その妹さんに会える場所があるのです。そこで何時間と言わず、本当に長い時を2人で話し合ったり過ごしたりすることができる「梵聲霊界」という場所があるのです。
彼女の死の後も、そういう場所に行かれるように、ぜひお祈りしてあげて下さい。本当に残念です。
今度はあなたの番です。転移をしないように、きちんとした方法を取って、頑張りましょう。
心よりお悔やみ申し上げます。また寂しい時には私にメールを送って下さい。お話をしましょうね。
羅門
悲しいコメントを読みました。
私は色々な方の死というものに遭遇しておりますが、こういうお話は耐えられません。
人間というものは、というよりも、動物というものは、みな死という幕を引くわけです。永久に死が来ないということは有り得ないわけで、悲しい現実は必ず来るのです。心よりお悔やみ申し上げます。
あなたも気持ちが張り裂けそうな心境だと思いますし、何とかお友達を救ってあげたいと思われて、私に会って話をしたかったのだと思います。残念です。
こういう場合に、さて医学だと言われましても、医学だってどうにもできないことがあるのです。私の力においても、寿命というものに戦いを挑んでいっても、せめて延命を祈るしかない場合もあるのです。そういう経験もいっぱいあります。今日明日の命というよりは、延命して2年3年先の方がまだ救われるのです。本当に残念です。どうか力を落とさないでください。
聖霊界については、信じる人も信じない人も両方います。細かい学問的なことは今ここに書けませんが、例えばあなたのこのお友達の妹さんが転生できているならば、いる場所はもうわかっているのです。そしてあなたのお友達も、いずれ何十年か後に死を迎えたらば、その妹さんに会える場所があるのです。そこで何時間と言わず、本当に長い時を2人で話し合ったり過ごしたりすることができる「梵聲霊界」という場所があるのです。
彼女の死の後も、そういう場所に行かれるように、ぜひお祈りしてあげて下さい。本当に残念です。
今度はあなたの番です。転移をしないように、きちんとした方法を取って、頑張りましょう。
心よりお悔やみ申し上げます。また寂しい時には私にメールを送って下さい。お話をしましょうね。
羅門
3. Posted by ゆみ 2009年06月22日 14:51
羅門先生、早速の返信を有難うございます。 涙が出そうなのをこらえながら 仕事をしています。
私は35歳で乳がんになり、手術から丸5年して ほっとしたつかの間に、今度は両方の卵巣手術しました。 昨年のことです。
それでも生きています。 先生のお話に共感できるものがあり、偶然にたどり着いたホームページ...そして今は毎日、宝印で手を合わせ拝ませていただいております。(東北ですので...なかなかお目にかかる日が出来そうにありません。)
先生に逢わせたかった...でも、先生のおっしゃる、いずれ会える場所があるという話しを伺って少し心が晴れました。 有難うございます。
私は、今は、先生に守られているという心の支えがあります。 今後もどうぞ導いてくださいませ。 有難うございます。
私は35歳で乳がんになり、手術から丸5年して ほっとしたつかの間に、今度は両方の卵巣手術しました。 昨年のことです。
それでも生きています。 先生のお話に共感できるものがあり、偶然にたどり着いたホームページ...そして今は毎日、宝印で手を合わせ拝ませていただいております。(東北ですので...なかなかお目にかかる日が出来そうにありません。)
先生に逢わせたかった...でも、先生のおっしゃる、いずれ会える場所があるという話しを伺って少し心が晴れました。 有難うございます。
私は、今は、先生に守られているという心の支えがあります。 今後もどうぞ導いてくださいませ。 有難うございます。




